2025年1月31日金曜日

家の準備も全部出来た。

  1月も今日で終わりだね。退院して2週間少し。週に3日の在宅リハビリも訓練士さんが9時前には家に来てくれている。40分の訓練時間はアッという間だ。それ以外の時間に少しでも訓練を進めて行きたいと、アマゾンでゴムチューブも買った。右手、右足様に訓練している。右手はまだそんなに出来ないので、主に右足、ヒザの訓練用だ。

 1時間余りの歩行訓練では40分も過ぎると右足はほぼ疲れの限界に成ってくる。緑が丘のグリーンヒルの入口から坂を登り、郵便ポストの手前の少し高い花壇でいつも休む。休憩場所は家から田んぼ道を回って歩き続けると、腰を下ろせる場所はここしかないんだよ。

グリーンヒルの入口から1丁目を登る。手前の花壇が唯一の休憩場所

 今週からは1時間以上はちょっと右足にはきついので、40分ぐらいのコースに変更して日に2度ぐらい歩いている。駆け足訓練は少しずつ入れているが、まだ10mも走れない。右足のつま先が地面をこすってしまうと危ないので、そこで止めて歩く。1週間前よりはマシに成って来たけどね。

タオルをコインの下に敷くと取りやすい。

 右手の訓練では入院していた時もやっていたコイン練習も始めた。家の小銭を集めて70枚ぐらい有る。まずはタオルを敷いてコインを置き、親指と人差し指で最初は取り、貯金箱へ入れる。次は中指、くすり指、小指と順番に取り、貯金箱へ入れて行く。それを指を変えながらずっと続けて行く。この作業ではマヒしている右手でも5分ぐらいで終わる。

マヒした右手では、タオルが無いと簡単には取れないコイン

 次はタオル無しでテーブルの上にコインを広げる。左手では何とも無くコインを取れるが、マヒしている右手では病院での最初は1枚も取れなかった。そこから退院間近まで練習して人差し指と中指で、上手く親指と合わせながら取れる様に成った。今ではマヒしている右手でもこの70枚ぐらいのコインを取れる。70枚を2,3度一日でやり続けると人差し指の爪先に血がにじんで来るので、一日は明ける様にしている。

転ばぬ様にガードパイプも着けたよ

 そして昨日には家の中のガードパイプなどの工事が完了しました。まずは玄関先からガードパイプを付け、階段も2階までつなげてもらった。お風呂にも2カ所のガードパイプ。無くても大丈夫だが、いずれ僕もヨメも年老い必要に成る時期も来るだろう。先の事も考えて早めに工事も終えてもらった。家の準備は終わった。昨日にはN-BOXのスタッドレスもヨメに手伝ってもらいながら交換を必死で終えたよ。4か月は動いていなかったハイエースもバッテリー充電も終えてエンジンもかけた。後は右足、右手の回復だけだ。少しずつでいい。しっかり訓練を続けて行きたい。

2025年1月26日日曜日

少年団の表彰式と1時間の歩行訓練

 今日は退院して2回目の日曜日。ヨメはずっとサポートを続けてくれている。本当にありがたい。土曜25日はスポーツ少年団のドッチビー大会の前に表彰式が有り、ヨメに乗せてもらってメッセウイングへ。レンやフクト、4年生のティーボール全国3位の表彰など見ておきたかった。

 寒い朝だったが、ロビーに入ると神戸の皆さんが集合しておられて、子供達は挨拶に来てくれる。もう8時半頃だったし、9時までには始まるだろうからとボチボチと2階のサブアリーナの方へ登る長い階段を登って行く。僕にはちょっとキツかったが、後で後ろを見ると小さいエレベータが有るんだね。でもあの大きさでは車いす1台で一杯だよ。。

 サブアリーナの観覧席に座り、表彰式までの準備を見ていたが、やっぱり時間がかかるね。仕方が無い。ドッチビーの運営協力者の神戸のご父兄も多く出て頂き、朝の説明から今日一日ありがとうございました。参加選手達も整列し、やっと9時10分を過ぎて表彰式が始まった。選手達は全国3位のティーボールの4年生達から表彰される。ゼンの一言コメントはちょっと楽しみにしていたけれど、僕が帰った後で有ったみたいだね。もう少し居れば良かった。最後にレンとフクトの表彰を見て帰ってきた。



 そのレンの賞状だけど、蓮の漢字が古い書体を使ったみたいで、草カンムリの所が左右途切れた漢字に成っている様だ。レンが清水副代表へ行ってくれた様で、僕は少年団本部へ後でメールを入れたら後日に交換してくれる事に成りそうです。後日、また連絡させて頂きますね。

 リハビリ歩行練習は毎日1時間以上は歩いてます。家からバイパスへ行く道路を横断して団地下の田んぼ道を抜け、バイパスの信号のコンビニを回って、グリーンヒルの団地の入口を登って1丁目から2丁目のサンベール公園を抜けて家に戻るルート。3㌔以上は有って僕の今のスピードでは1時間近くかかる。まだ駆け足が出来ないので、時々その様に速足でもするが、10mぐらいが精一杯だ。右足がまだまだ動けず弱い。時々ヒザの屈伸も入れながら進む。1時間が今の所での右足の限界だ。軽く駆け足出来る様に成るのはいつ頃に成るだろうなあ。。出来るまで頑張って行くよ!

2025年1月22日水曜日

退院して8日目。まだまだ弱い右足。。

  家に帰って8日が過ぎた。家庭でのヨメやマーキュリーとの時間は楽しい!そして美味しい!最初は食事の量も少なめだったが、次第に食欲も出て来た。便も毎日普通に出る。病院の中では考えられなかった事だ。病院のカロリー控えめの食事。1800カロリーしかない。それでも毎食、おかずが無くてもご飯は200g、必死で全部食べていた。カロリーが足らないのは解っていたし、ヨメがチョコや果物を差し入れしてくれていた。車イスの時は、歩けない、運動出来ない、そんな中で便秘に成ってしまう。病院内でもそういう人が多かったよ。

 歩けるように成って、運動量も増えたので便秘は解消出来た。それでも食事は変わらないので、ほっとけば便秘に成る。汁物が本当に少ないので、徹底して水分を多く取った。けれども家に帰ると、そんな心配は無く成った。美味しいし、生野菜も食べる。多めの味噌汁を飲み、お茶もコップ1~2杯。まだビールも飲んでいないが、それだけで充分だ。毎日快調だよ!

 20日には訪問リハビリをしてもらう病院へ。その日はそこの主治医の先生との初めての診察だったが、脳出血して半身不随だった患者が3ヶ月経って、普通に歩いて部屋に入って来るのを、ビックリしていた。本当にこんな事は余り無いようだね。。それでも右手はまだ殆ど使えない。5本の指先にはまだ神経が届かない。自分の視界に入る所では自分の意志で動かす事は出来るが、まだ指先はしびれ、食事も左手に頼ったまま。

 そして22日には訪問リハビリも始まった。まだ初日で時間も40分だけ。病院にいる時の半分ぐらいも出来ないと思うが、それを補っていくのは自分しかない、と改めて感じる。頼っているだけではそんなに良くは成らないだろう。自分で工夫して超えて行かないとね。

団地内に有る階段とスロープ。これ自転車には良いが足の悪い人にはちょっと辛いよ。。

 その日には午前中に1人で念の為に杖を持ち、団地の周りを1時間以上歩いたよ。杖をつかなくても普通に歩けるが、少し速足までは対応出来てもそれ以上はとても無理だ。少しずつ試すが駆け足もまだまだ出来ない。右足の筋肉、関節はまだその動きを経験していない。まだまだ到底無理で、歩けるけれども足の回復度からすれば、まだ20%にも満たないのではないか、と感じる。午後も40分以上しっかり歩いたが、これから毎日練習を続けて行こうと思う。右手もしっかり振って動ける様にね。マーキュリーとのお散歩も、しゃがんで、ウンチを取れないと、1人では行けないからね。そんな動作の練習もしながら練習して行くよ。ヨメとも熊野古道をゆっくり歩いてみたい、と病院では思っていたが、まだまだそんなレベルでは無いと良く解った。これから毎日練習有るのみだね。がんばろう!

2025年1月19日日曜日

とっても嬉しい桜の剪定と玄関片付け

  今日は田舎の兄やその息子夫婦が来てくれた。僕より6歳年上の兄は病気知らずで本当に元気だ。まだ入院して間もない頃、兄2人が病院まで来てくれた。あの時は右足はまだ殆ど動かず、右手は自分の背中に有っても解らない状態だった。。まだまだ不安だらけの時だったよ。。。  

 あれから3ヶ月が過ぎ、家を訪ねてくれた兄は僕が普通に歩いて玄関まで来て出迎えた事にビックリしていた。チームでも家の周りでも普通に僕がマーキュリーを連れて歩いているのを見てくれて、時には声もかけてくれる。やっと生活の中に戻って来た。そんな事を感じるのが嬉しい。夕方には裏山の田んぼ道から団地に上がる土手の急坂をマーキュリーと登ろうとしたが、さすがに今の右足の状態では無理だった。手を地面に着いて登って帰って来たよ。

 兄貴達には来てくれるなら、庭の大きくなり過ぎた桜の枝の剪定と玄関周りの片付けをして欲しい、と頼んでいた。兄貴達が用意して来たのはノコギリやチェーンソー、電動インパクトまで持って来てくれている。完璧な内容だったね。

 息子が旅立ったその春に、まだ1mぐらいだった苗木を小さな庭に植えたが、今では春に本当に綺麗な花を咲かせてくれる。けれども歩道を超えて道路にも家にもお隣にも伸びて来ている。今日は思い切って切ってもらったよ。玄関の鏡やワンコ用品の収納なども全部移してくれた。これで玄関からのガードパイプもしっかり設置できる。まだまだ右足は不安だし、これから僕もヨメも年を重ねていずれはガードパイプも必要に成るだろう。階段回りやお風呂にも設置してもらう予定だ。

 今日は来てくれて本当に助かったよ。桜も玄関周りも本当にスッキリした。ヨメもとっても喜んでます。本当にありがとう。もっと元気に成ったらまた帰るからね。本当にありがとう!!

2025年1月18日土曜日

神戸に戻って来たよ!!

  土曜の朝8時半頃、ヨメと一緒に神戸に行く。

 子供達がバックネット裏に整列して待っていてくれた。そんな事しなくていいのに。。ユウジロウが号令をかけて挨拶してくれる。3ヶ月を過ぎて久し振りに聞く挨拶。。いつもの様に真面目なユウジロウの声。。ちょっと荷物を持ちながら、子供達にも少し話もするが、皆の顔を見るとちょっと声も詰まってしまった。。子供達に自慢出来る物は何もないが、みんなのお蔭でここまで頑張る事は出来た。本当にみんな、皆さんのお蔭だ。ありがとう!

 家に帰ってから、愛しいマーキュリーとのお散歩も時間ある度に行っているが、杖を使ったのは一度だけ。杖無しでずっと歩いている。病院との大きな違いは外気温との差だ。病院内は23度ぐらいで、寒さは一切感じない。けれど家では一桁の外気温だ。一番堪えるのはまだまだ完調遠い右手、右腕と右膝の間接。右膝はサポーターを巻いて大丈夫。カイロを入れる必要もなく、遅いけれども普通に歩ける。でもマヒの残る右手はまだまだ辛いが、マーキュリーとのお散歩の間も少しづつ動かしている。


 本当にやっとここへ帰って来た。本当に嬉しい。これからも自宅でのリハビリはずっと続くれども家族との時間を何より大事にして、これからも頑張て行く。本当に皆さま、ありがとう!

 この後は櫛形へも寄り、元気なチビッ子達も大きな声で挨拶してくれた。お父さん方も大勢来られていた。今日も体験の子が来ていて、明日もOBの妹さんの子が来てくれる予定だ。病院から家に帰ってから、その懐かしい人から電話をいただいた。嬉しい限りだね。今、Bチームは3年生以下でもうメンバーは20人を超えようとしている。人と人とのつながり。本当にありがたい。


 その後は、マーキュリーも連れてお墓参りへ。寒い中でもお天気も良くて風も無くいいお墓参りだった。長く僕は来れなかったが、ヨメが僕の入院中もお花を代えに来てくれていた。僕は幸いここへ戻って来れたが、生きたくても叶えられない人がいるんだよ。。。それを本当に忘れてはいけない。生きたくても生きれない、明日は目覚める事が出来ない。。本当にそれを忘れてはいけない。日々感謝しながらこれからもしっかり生きて行きたい。