2026年3月13日金曜日

3.11と「風の電話」

  3.11が過ぎたね。もう15年前だよ。今の小中学生は知らない世代だ。あの後、僕達は募金活動を何度かチームの子供達を連れてやったよ。津駅西口の駅長室へ許可のお願いをし、津警察へも歩道を使わせてもらうので許可申請を出してね。関係ないが、子供達を連れての募金活動をするのにそこまでやるのに、左派系の無神経な人達は静かな団地内に勝手に車を止めて選挙前でもがなりたてる。まだ9時か10時頃だったが、僕は一度現場へ確認しに行った。「これ、車の駐車もマイク放送も道路使用許可書や団地内の許可はもらっているのか?」

 そんな物はなく、暫くして撤収していったよ。老人も多い団地だし寝ている人も多いだろう。迷惑でしかないそんな勝手な活動はそれ以来見られなくなった。二度と来なくていい。

 あの募金活動ではまだ4年生ぐらいだった孫娘のひなたも一緒にユニフォームを着て何度かやったなあ。。津駅西口前では沢山の人達が募金してくれたよ。あの時の皆さんの善意は27万を超えたよ。本当にありがたかったね。その集まった募金はどこへ送ろうかと色々考えたが、あの頃から知事だった村井知事あてに送った。そしてちゃんと礼状も来たと記憶している。赤十字や各新聞社へ送ってもどこにいったか解らないので、それで良かったと思っている。

 2011年3月・・・無心の成果。募金活動。

 そして。。大震災から暫くして「風の電話」のうわさを聞いた。NHKのドキュメントでも震災後に何度か放映されていた。僕もそれをヨメと一緒に食い入るように見ていたよ。2人して「一度行ってみたい。。」

 そこは岩手県大槌町の一般の家庭の庭園の奥に有り、そこの主人が亡くなったいとこと話してみたい、と震災の1年ぐらい前に自分の庭に電話ボックスを置いた。僕と確か同い年だったと思う。中にはダイヤル式の黒電話が有り、ダイヤルも出来るが線はつながっていない。暫くして大震災が起き、そんな電話が有ると聞きつけた肉親や多くの人を亡くした人達が訪れる様に成った。

 あれから6年ぐらい経ち僕も監督を下りて時間も少し出来た。当時はぴちぴち元気だったマーキュリーとモモを連れて東北から北海道へ行った。

綺麗なガーデンを抜けた先に「風の電話」は有る。。

その時に行きたかった「風の電話」へ行って来たよ。息子を想いつながらない電話で話して来た。そこは30m以上の高台に有るが、近くまで津波は押し寄せその時は多くの工事車両が高台工事の真っ最中だった。その時のブログはこちらで見れます。

 2017年6月 ・・・どうしても行きたかった「風の電話」

 あれから「風の電話」は世界中に色んな形で広がり、今は500カ所以上が世界中に有るらしい。亡き人達を忘れない、気持ちを伝えたいと思うのは世界中どこでも同じだ。手を合わせる事、今を感謝する事を忘れないようにしよう。あの日に電話ボックスの伝言ノートへは「・・・また来るよ」と書いたので、まだ元気なうちに行ってみたいと思っている。

0 件のコメント: