2026年9月19日土曜日

想いが晴れた洞川。これからも頑張ろう

  昨日から晴れ間が見えるお天気に成って来た。そんな雨の無いだろう日を狙って行きたかった川上村の洞川をマーキュリーと一緒に目指す。息子の旅立ちの後、2013年の夏、その後も数回、洞川から大峰さんへ登っていた。昔は大峰山への山岳修行者の元となっていて今でも多くの人達が大峰山を目指して歩く。最近はそうでも無いとは思うが登山口には女人禁制の大きな看板が有り今も大峰山は女人禁制だ。こういう山は今では珍しいのではないかな。

 その大峰さんから下りて来て立ち寄る洞川の温泉街。2013年9月の大峰山登山ではその温泉街に有る土産物屋さんで本当に親切で優しいお婆ちゃんに出会った。帰りにはその優しさ一杯の気持ちに嬉しくて嬉しくてハンドルを持ちながら泣いてしまったよ。。

 2013年のブログ→→ お婆ちゃんの真心

 2019年のブログ→→ 会いたかったお婆ちゃん。今日も元気!

 そしてまた2019年にもお会い出来た。そして2023年の冬にはお店も閉まっていて会えなかった。なぜその年の冬に行ったかというと、太平洋戦争中に大阪辺りへ空襲に来たB29がこの大峰山の山中で墜落し、当時の村人達が山中を捜索して生存していたアメリカ兵を村に連れて帰り食事や救護なども行ったらしい。けれども時代は終戦末期の本当に厳しかった時代。大阪から憲兵達が来て収容所へ連れていかれたが、捕虜といえども当時の憎すぎるアメリカ兵達は全員殺されてしまった。。もうすぐ終戦だというのにね。。

 そのB29の川砂に埋まっていたエンジンの残骸を村人達が2007年に回収して村の歴史資料館へ展示した。その後に洞川へ来たアメリカ人がそれを知り、2020年以降にアメリカの国防省にも調査してB29の搭乗員の氏名などもアメリカで割り出し遺族達へも知らせている。捕虜で有る彼らを最終的には殺害した憲兵隊の人達はその後の戦争犯罪で裁かれいる。。何とも辛い時代の辛い、お互いに本当に辛い出来事だった。そのレポートがその後にテレビでもドキュメントして放映され、洞川に有るB29の残骸がずっと気に成っていた。

 その関連ブログなどはこちらで詳しく見れます。

 →→ 山上が岳に墜落したB29の生存者、その行方を追う

 昨日はそのB29の残骸とあの親切で元気だったお婆ちゃんに会いたかったんだよ。ちょっと疲れ気味のマーキュリーを乗せて8時40分頃には家を出た。洞川までは3時間は最低かかる。ノンストップで11時40分過ぎには資料館へ着いた。ここの駐車場は1000円とられるが、温泉街は狭いしどこも置いとける場所は少し離れていて、もちろん有料なので、ここに停めて散策する。

 少しお散歩して、マーキュリーは車でお利口さんしてね、とお願いして歴史資料館へ入る。館内には大峰山岳修行の様子や当時の様子が伺える展示物が有り、少し行くとB29のエンジンの残骸が展示されていた。色々調べるとこのB29のエンジンは第二次世界大戦のヨーロッパ戦線でも使用されたらしいが当時は故障が多かったようだね。この洞川に限らず、日本の各地に墜落したB29も多かった様で、地域によっては捕虜を殺したりした地域も有った様だ。



洞川の名物、陀羅尼助丸の製法を示す機会。関西地方では小さい頃から大抵の家庭には
有った薬。ウチでは今でも切らさず有る。小さい頃や子供達にも世話に成った陀羅尼助丸。

 資料館を出てからしばらくマーキュリーを連れてゆっくり温泉街を散策する。今はもう9月半ばも過ぎ季節はもう秋だ。半袖半ズボンではもう寒いぐらいだ。平地よりもここは夏でも5,6度は低いらしい。温泉街の上の方にお婆ちゃんの店はあってそこまで頑張って歩く。店は開いているが呼んでも誰もいない。。2,3度呼んでみるとやっと声が聞こえた。確かお婆ちゃんの娘さんかな。と言ってももう60歳は過ぎてるだろう。マーキュリーを見て、「玄関まで入っておいで」と呼んでくれる。

陀羅尼助丸の看板が目印

  その60歳を過ぎた娘さんもミックスのプードルを家の中で飼っていて連れて来てくれた。そのお婆ちゃんの事も聞いて2013年と2017年に一緒にお婆ちゃんと写真を撮ってもらったが、確か今年は91歳は超えているはず。。聞くと足を弱くして今は施設に入っているらしい。ああ、よかった!会えなかったけど元気だったお婆ちゃん!本当に良かった!マーキュリーも洞川の美味しい水を一杯もらって、お代わりして2杯飲んだよ。ここでは洞川でキャンプ場やゲストハウスなども経営している様で、そういうパンフレットも頂いた。もう今年は寒いけど来年にはまた来たいね。


 お婆ちゃんには会えなかったけど、来て良かった。一つ気持ちの整理もついた。しっかり自主訓練して山へ登れる様に頑張って行きたい。

 今日はBチームは午後から芸濃グランドで親子野球をする様で、お昼前に櫛形へ行くと皆が元気に練習している。明日のお天気次第だが、明日は練習試合でチームは出かけるし時間許せば草刈りもやりたいなあ。神戸のグランドも雑草が増えて来ている。今日は秋マックの予選に向けてしっかり練習してくれていた。今日は関係ない事も書きましたが、今から81年前の僕も生まれていない当時の事も思い、心にとめてくれたら、と思います。明日もよろしくお願いします。

2026年9月13日日曜日

快適過ぎる運転。。Bチームも次を目指して頑張れ!

  今日は5時過ぎには起きてマーキュリーとお散歩。30分近くゆっくり歩いたよ。ちょっと後ろ足が弱く成ってるのでね。歩きすぎもいけないが、寝てばかりでもダメ。人間と一緒だ。

 7時半過ぎには準備も出来て家を出た。紀北町の赤羽野球場と聞いていたのでグーグルマップでも確認していた。ゆっくり走っても1時間半はかからないだろう。。と思っていて車のナビの設定もしなかった。伊勢道から紀勢道へ。ずっと車の定速走行にセットして速度を適当に変えるだけで走っていたので、いたってラクチン。それまでは前に車がいたり登り下りで勝手にシフトダウンしたり前が空くと急に加速したりするので、あんまり頭のいい定速運転ではないな、と思っていた。実際これを使って高速飛ばすと燃費は1割以上は落ちる。去年まで乗っていたN-BOXも同じだった。

 今日はそれを改善できる方法が解ったよ。ステアリング左右に有るバトルシフトを使えばいい。登り坂に成ってシフトダウンしたらバトルシフトで暫くしてシフトアップする。バトルシフトを強く押すとオートに戻る。ダウンしたい時は左側のバトルシフトを使う。これで無用なシフトダウンやアクセル開度のアップは防げる。ほぼ自分のイメージに近い感覚。これでいい!これからまたドライブが楽しみだな、と感じていたが。。

 紀勢道はもうすでに紀伊長島インターを超えてしまっていた。紀北SAで確認して次のインターで降りたが10㌔以上は通り過ぎそこから下道を走ってやっと9時15分頃についたよ。おそらく30分以上は遅れてしまった。申し訳ない。

 試合はすでに始まっていて歓声も大きく聞こえる。神戸の攻撃で先頭が3塁打で出てさあ続け!という所だったが、後続は続かず得点出来ない。次の回も同様でピッチャーに抑え込まれたという印象。逆に相手には打たれて外野を抜ける打球もあった。まだ4年生のこの大会。ピッチャーと打者の差がハッキリするのは仕方ない。こんな時はどうしていくのか、これからしっかり覚えて行けばいいんだよ。

 県大会の準決勝では敗退とは成ったけれども、チームはこの後に準決勝での敗者同士の試合も後で行って頂き帰って来たようだ。優勝は加佐登ウイングスさん。Aチームでも交流させてもらっているし、新チームへ上がってもまたライバルとして切磋琢磨していけばいい。11月のティーボール全国大会も有るしもっともっと頑張って行こう。

今日の最後のバッターだったかな。

 今日はもう10年以上前のカメラでセンターのネットの後ろから少し狙っていました。脚立セットして左でシャッター押せば何とか行けるね。今日は余り撮れなかったがこれからボチボチ、カメラにも復活して行きたいと思っている。

2026年9月12日土曜日

4年生以下県大会は2日目へ!!

  今日も曇り空。。この2週間ほど、本当に雨が多い日が続く。そんな中でも天気図を確認しながらその合間に歩行訓練に出る。先週の長谷山ハイク以来、毎日のようにそんな歩行訓練を続けている。今週はマーキュリーの歩行時間も増やした。リビングでは寝ているだけなので足が弱ってしまう。今のマーキュリーの歩行時間は去年よりもずっと多いのでは無いかな。

 そんな今週は1万歩を超える日が2回。他も8千歩前後でかなり歩いている。明らかに8月とは大きく増えている。右手は肩はかなり回せる様に成ったが、右手の手指はまだまだ動かない。でも少し進歩はみえるかな。。

 1昨年の入院してまだ一月も経っていない頃、やっと足の先が動き出した頃だ。右手はまだ全く動かない。そんな時にリハビリの若い先生が2人、僕を両脇でかかえて天井からロープでつないで、何とか歩く感覚を思い出させようとやってくれたが、必死に右足を動かそうとしてもタコのように全く意志は伝わらずかかとをそのまま引きずるだけだった。

 ちょっとあれはショックだった。足の筋肉は有ったはずなのに今は何も無いのか。。。それから必死でリハビリ繰り返して歩ける様には成ったが、使えるのは一部の筋肉だけだ、と思っていた。それが最近は色んな訓練を積み上げていくと別の神経がつながって来て、それらの動きが復活してくるのではないか、と最近は思い始めていている。だから歩行訓練もしっかりやりながら山登りの変化有る訓練もやって行きたい。本当はリハビリの中でそんな事もしっかり教えて欲しかったが、今来てくれるリハビリの担当は良く聞いてそういう事も良く説明してくれる。おそらくそういう事が多分間違ってはいないと感じている。だから必死でやって行きたい。

 今日はAチームは鈴鹿遠征での練習試合。Bチームは熊野での佐藤薬品の県大会で両チームとも出かけている。Bチームの熊野は遠いし、僕は櫛形の草刈りをやろうと決めて、草刈り機の刃をグラインダーで磨いて8時前には始めた。最初は良かったが1時間も過ぎると切れも本当に悪く成ってくる。草が強くて地面から削って行かないと切れないので力もいる。9時半を過ぎて止めて刃を見ると磨いた刈り刃の刃部分が殆ど無く成り、丸く成ってしまっているよ。。長く草刈りもやって来たが、こんなに成った刃は初めてだ。これではもう刈れず今日は終わり。この刃はホームセンターで刈ったが良く見て買わないとダメだなあ。。

まさか草刈りの刃がこんなに丸く成るのは初めて見たよ。。

 そんなBチームの県大会は嬉しい連絡が届いた。2試合勝って明日につなげたらしい。これは楽しみ。2試合目はサヨナラでの逆転勝ち。でもそれだけ実力は拮抗していて、結果はどちらにでも転ぶ。特に4年生以下ではそうだろうね。それで、明日は草刈りも出来ないし熊野へ行く事にした。明日もいい試合が見れる様に願おう!Bチーム頑張れ!Aチームも頑張れ!

2026年9月9日水曜日

夢を無くしたら老人に成るだけ。。

  先日、堀江健一さんが88歳の誕生日にまたヨットでの太平洋横断にチャレンジするというニュースを聞いた。若いころにサンフランシスコから西宮までの単独横断をしているが、88歳に成ってもまたチャレンジするらしい。。すごいなあ。。と思うね。年老いても青春の夢を追う姿勢を見習いたい。

 あの三浦雄一郎は要介護4まで成りながら、手術、リハビリをえて80歳で3度目のエベレスト登頂を果たしている。今はもう93歳らしいが次の目標に向けて頑張っているらしい。三浦雄一郎も凄いが、僕から見れば彼より凄い人がいる。。

 片足の登山家がいるんだよ。片足のアルピニスト。テレビで以前に見たが左足は子供の頃の骨肉腫で根本からない。。右足だけで、両手に松葉杖と言えばいいのか腕に固定して山を登る。日本百名山を登頂する目標をかかげ8割方達成したとは聞いた。身体の不自由などみじんも見せずに登っていく。。凄い人だと思うね。

片足のアルピニスト!

 大抵の人は年老いて周りの刺激も少なく成ってくると老人に成ってしまう。けれどもこれらの人達は夢を常に抱き常に年老いてもチャレンジしている。僕も目標は本当に小さいけれどもチャレンジしていきたい。幸いお金は無くても時間はタップリある。常に前に進んで行きたい。

 山に登る!と決めて先週の長谷山ハイキングロードから雨が多い最近の日々。あれから雨のレーダーを確認しながら雨が止んでいる間に団地周辺から田んぼ道を歩く。今日は田んぼ道を抜けて団地下の信号まで来て坂を登っての帰り道にカイトのお母さんが車で通て声をかけてくれる。1時間以上歩いて疲れている頃だったけれどもそんな一言も嬉しい。これからも毎日歩こう。まずは経ヶ峰からだな。。次は乗鞍だ。

2026津リーグ戦も全勝優勝。おめでとう!!

 先週日曜には津リーグ戦での表彰式などが有って今週にその写真などをご父兄が送ってくれた。今年も全勝優勝だし本当におめでとう!良く頑張ったよ!!秋の予選も頑張れ!!

2026年9月6日日曜日

山へ登ろうと決めた!

  夏の暑さが少しマシに成って来た。この所はエアコン無しでマーキュリーも一緒に寝れている。色んな情報も聞き、調べて右腕は筋トレもハンドグリップも色々工夫しながらやって来た。ほんの少し右腕はマシに成って来たような気がする。これからは右足もしっかりやって行きたい。山にも登りたい。それで決めたよ。まずは地元の山から攻めようと。。

 雨予報が無ければもう少し遠くでも、と思ったが雨は10時過ぎには降ってくるだろう。それでまずは長谷山へ登ろうと昨晩に決めた。

長谷山ハイキングコースの看板。文字が消えかけている。。。

 そして今朝7時過ぎに家を出て長谷山のハイキングコースから歩く。今日はトレッキング用のストックも持って。もう富士山へも何度も登ったが一度も使った事は無かった。でも今の身体の状態なら使った方がいい。色々調整しながら登って行く。マヒの右手はその長さも少し長い方がいいようだった。

長谷山の頂上。何も見えない。。

 登り始めて1時間30分ほど。2.1㌔と書かれたコースだったが登りでは、今の僕の状態からは上々のペースではないかな。もう何度もここには登っているが山の木々が増えて伸び、一段と見晴らしは悪く成って来ている。登山道も有るが整備がされていないのは残念だよ。三角点の有る所は周りも下界も見えなかった。


 9時頃には到着し、少し休憩して水分とって下山を始める。登りよりも下山に注意しようと、特に右足のつま先を注意して下ったが、左足のかかとが2度すべった。幸い転ばずにカバーできたが、地面は濡れている。気をつけて下山して来たよ。右足の疲れも思っていたよりは大丈夫だった。

テレビ塔の下からは下界も見える。

 10時半頃には神戸に着いたよ。監督やコーチが練習用の汚れたボールを洗ってくれていた。昨日はAチームは松尾さんと松阪で練習試合。1試合目はヒユウが6回まで投げて2-2の同点からその裏、ランナーを3塁においてカイトのゴロが野手選択と成って終わっているね。2試合目の5年生以下は余り打てていないね。守備でのミスも有る様だ。もっともっと頑張らないと。3試合目はフウが先発。ユウトが5回から交代。2人で2四球は有るが失点は2点だけ。上位打線が活発で中でもゼンはスコアで見る限りレフトへ2本の低い打球の2塁打2本とショートへの安打も有る。フウもライト、レフトへ3,2塁打。引っ張り一辺倒で無いのが良いと思うね。

 昨日はBチームはホープさんへ遠征2試合。ホープさんには雨の後のグランド整備からありがとうございました。僕はこの日の朝は草刈りのチャンスだと思って8時前から1時間ほどだけでしたが櫛形の内野の草刈り。朝方は曇り空で良かったのですが9時を過ぎる前から日差しは強く成り、そこで止めました。あまり出来ずに申し訳なかったが、また時間やお天気と相談しながらやりたいと思います。



 ご父兄からは神戸小での始業式にティーボールでの全国大会出場を決めた県大会優勝での表彰式を神戸小校長先生からやって頂きました。以前のティーボールでの全国優勝の時は神戸だけでは無くそれぞれの小学校でも表彰を持ち回りしてやって頂いた、と記憶している。今年も3度目の全国優勝目指して頑張れ!!

 またこのブログ「少年の夢」は2007年秋の新人戦優勝以来、忘れ物をしない様にと書き続けていますがもう19年目。。僕も脳出血からの半身不随を経験し皆さまのお蔭で日常生活には不自由ない所まで回復はしていますが、まだまだ復活と言える状態には程遠いと自分では感じています。

 それで回復に向けたリハビリ中心の日々のブログ記事を、私のサブブログ2の「Yasuhiroの独り言」のページへ記載して行く様にしました。それらは、もし同じようなマヒからの悩みを持つ方がいれば少しでもお役に立てれば、と思っている事からです。いまでどちらにも適当に載せていましたがリハビリなど改善に向けた内容はこちらへ集約していきます。このブログは2011年からの息子のスキルス胃がんとの闘病での日々も2年半ほど色んな事がそのまま残っています。すこしでも皆さまが健康で有る様に、ほんの少しでも力に成ればとても嬉しいです。

 両方のブログのページもトップメニューの右肩トップには、それぞれのブログへのリンクもはりました。ご利用頂ければ嬉しいです。私は今72歳。もう少し頑張ってみようか、と思っています。よろしくお願いします。